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お別れ

2011.05.11 *Wed
4月19日の午前2時頃、熟睡していた頃に、お母さんからケータイに電話がありました。
そんな時間に電話が鳴ると、電話に出るにも緊張が走ります・・・。
そして、お母さんから告げられたのは、おじいちゃんの死でした。
突然すぎて、なんで?どうして?・・・って感じでした。

昨年の10月の結婚式、おじいちゃんは佐賀から神戸まで来てくれました。
杖や車椅子を使いながら、そんな大変な中、私の為に遠方から出席してくれました。
おじいちゃんは、「車椅子なんか使って、みっともない姿で・・・」と気にしてたけど、
全然、そんなこと気にしなくてよかったのに。
むしろ、飛行機での移動も大変なのに晴れ姿を見に来てくれたこと、何よりも嬉しかった。
そこまでして出席してくれるおじいちゃんに、私の結婚式で、感謝の気持ちを伝えたくて、
お色直しの退席(母と)のときに、会場後方で、おじいちゃんのところへ立ち寄って、
おじいちゃんとの思い出とかを司会者さんに紹介してもらって、一緒に記念撮影を、
という予定になっていました。
ところが、当日は、司会者さんも会場のスタッフもそれを忘れていたようで、
退場が終わってから、謝られました・・・
前日の司会者さんの進行確認では、ちゃんとなっていたのにな。。。
結局、再入場後の歓談中に、会場後方にスタッフに連れて行かれ、そこで記念撮影。
でも、その後、余興で抽選で2名にプチプレゼントを用意していて、
そこでおじいちゃんが当選しました!
おじいちゃんは、マイクを持って、一言、お祝いのメッセージをくれたし、
新郎新婦で、後方までプレゼントを渡しに行きました。
そんなこんなで、私自身も、おじいちゃんとの思い出も増える結婚式となりました。

遺影は、その結婚式のときの、優しく微笑むおじいちゃんの写真を使ってくれていました。
だからこそ余計にかもしれないけれど、お通夜やお葬式のとき、遺影を見ていると、
思い出が走馬灯のように・・・ 涙が止まらなかった。。。

おじいちゃんの孫は、私の上にも2人いるけれど、女の子の孫は私が初めてで、
赤ちゃんの頃から、とても可愛がってもらいました。
アルバムには、写真もいっぱい残ってます。
私のお父さんは、出張が多かったし、私が赤ちゃんの頃から、お母さんは、
私を飛行機に乗せて、東京から佐賀まで行くこともたびたび。
その後、お父さんの転勤で東京から福岡へ引っ越したあとは、おじいちゃんは、
佐賀から車でよく遊びに来てくれていました。
夏休みには、おじいちゃん家で従姉妹たちとも一緒になり、にぎやかな日々。
大人数で一緒に旅行にも行ったり。

おじいちゃんは、家族をとても大切にしていて、夜には家族でよくトランプとかした、
と、お母さんから聞いたことがあります。
その反面、気性が荒く、お母さんが子どもの頃は、
食事のテーブルをひっくり返したりすることもあったそうです!
私が知ってるのは、優しいおじいちゃんだけ。
おばあちゃんとかに怒っているところは見たことあったけれど、
私自身は、怒られたことなんて、一度もなかったし。

おじいちゃんのシワシワの手が大好きで、会うといつも触っていたなぁ。
とても手先が器用なおじいちゃんで、子どもの頃は、おもちゃもおじいちゃんの手作り。
リカちゃん人形用の2段ベッドや、洋服ダンスとかも作ってくれました。
いかにも手作りっていう雰囲気ではなく、完全にプロの技って感じ。
ベッドの柵には、爪楊枝を使っていたり、細かい作業。そして、ベッドに使う布団は、
おばあちゃんの手作り。おばあちゃんは、お裁縫が上手でした。
男の子の孫には、汽車を作ってあげたり・・・
そして、一番の力作は、神棚だと思います。
私の実家にも、おじいちゃんが作った神棚があります。
その器用さ、おじいちゃんの子どもたちは、誰も引き継いでいないようで(笑)。


話が脱線してる・・・
おじいちゃんは、結婚式後、2ヶ月くらいして、入院しました。
大好きなサイダーが、どうしても飲みたかったようで、買いに行ったときに転んで怪我を。
その入院中に誤嚥性肺炎を引き起こしてしまい、しばらく入院することになりました。
今年の1月には、だんなさんも出張中だったので、お母さんと一緒に、佐賀へお見舞いへ。
1週間ほど佐賀に滞在して、入院中の食事時間を中心にお見舞いに行って、
食事のお手伝いとかしていると、おじいちゃんは、「美味しいよ~」と言って、
食欲も出てきて、よく食べてくれて、元気になってきました。
そのときの、食事をほおばるおじいちゃんの笑顔が忘れられません。
私は、そのときの滞在が、おじいちゃんとの最後になってしまいました。

3月に、だんなさんのおばあちゃんの三回忌で宮崎へ行ったので、その帰りに、
佐賀に寄ろうかな、という話もあったけれど、週のど真ん中だったので、断念。
そのときは、こんなことになるなんて、予想もしてなかったから、
だんなさんがまた出張のときに、ゆっくり佐賀へ行こうと思ってた。。。
でも、あのとき、私だけでも、会いに行ってあげればよかったな。
会いにいくと、おじいちゃんはすごく喜んでくれるから。
やっぱり、何か思い立ったら、行動に移さないといけないって思いました。
人生には後悔は付いてまわるものだと思うけれど、大切な人を失ってからでは、
やり直しのきかない後悔がある。

おじいちゃんの死は、誰もが予想していないタイミングで訪れました。
入院も3ヶ月になり、病院から追い出されるように退院。
でも、ずっとベッド生活だったから、自力でトイレに行くのも大変で、
短期間、リハビリを兼ねて施設に入ることになりました。
そこで、腰を骨折したという話を聞いたときは、寝たきりになっちゃうのかな?って、
心配したけれど、コルセットとかで固定して、なんとか歩いたりできるってことで。
でも、最後のほうは、食欲もなかったようで・・・
真夜中の施設で、家族が誰もいない中、おじいちゃんは心配停止で亡くなりました。
(施設のスタッフの人は付いていてくれたそうですが・・・)
翌日には、もともと、お母さんが佐賀に行くことになっていたから、
せめて、あと1日待ってくれていたら・・・
淋しかっただろうな、って思うと、やり切れない思いでいっぱいになります。
きっと、その1日を待つことができないくらい、体がしんどかったんかな・・・。

お葬式では、7人の孫が、おじいちゃんとの思い出を2~3言ずつ語りかけました。
お葬式が始まる前、何を言おうか考えていると、想いが溢れて、従兄弟のお兄ちゃんも、
涙が止まらないようだった。
おじいちゃんが孫たちを可愛がってくれた分、孫みんながおじいちゃんを大好きでした。

おじいちゃんが、帰宅したら飲むはずだったサイダー。
病院から施設に移るときも、サイダーある?って確認していたそうです。
それほど大好きだったサイダーだけど、棺の中に缶を入れることはできないので、
お葬式の前に、一口ずつコップに分けて、みんなで飲みました。
特別な一口でした。

おばあちゃんは、数年前から、施設に入っています。
おじいちゃんのことも、子どものことも、孫のことも、分からないんです。
おばあちゃんの最愛の人が亡くなってしまったこと、おばあちゃんは分からないのかな、
って、複雑な思いでいたけれど、施設の人が、葬儀場へ連れて来てくれました。
おじいちゃんの遺影をじーっと見ていたり、少々長い時間だったけれど、
気分を損ねることなく、穏やかなおばあちゃんの姿を見ることができ、
心の深いところで、おばあちゃんも大切な人を失ったことを感じ取っていたのかな。


遺体としておじいちゃんが目の前にいると、悲しさばかりが溢れて泣いてばかりだったけど、
火葬をして、お骨にされてしまうと、ショックはあったけれど、
少しだけ、気持ちが前向きになれた気がしました。
なんか、おじいちゃんが、魂となって、元気な姿ですぐ近くに居てくれる気がして。

佐賀から帰る前に、福岡の祖父母の家にも寄ることになり、その道中のこと。
高速を走っていると、「ひゅ~」って口笛の音がしました。
私は口笛で音をコントロールできないので、だんなさんには、いつも小バカにされ、
だんなさんも、わざと口笛を吹いたりするので、私はだんなさんが吹いたのかと思った。
でも、だんなさんは、私が吹いたと思ったって。
で、BGMに音が入ってるのかな?って、1曲巻き戻して再生したけど、違った。
もしかして、おじいちゃんが遊びに来てくれたのかな?
おじいちゃんが口笛を吹いてるのを聞いたことはないけど、
存在を教えてくれるために、「ひゅ~」って鳴らしたのかも?
テレビでは、そういうことってあるって聞くし、あとでお母さんに話すと、そうかもね、
って言ってくれたので、そう信じることにしました。そう思うと、嬉しいな。

* * *

ブログ、更新したかったけれど、大切な人を失ったことを、なかなか文章にできず・・・
普段は、元気に暮らしているし、遊びにも行くけれど、
こうして、おじいちゃんを失った現実と向き合うと、悲しみがあふれ、涙が出てきてしまい、
じっくりと向き合うことを避けてしまっていました。
3週間たった今、ようやく、ブログに残そう、という気持ちになれました。
突然の死で、混乱して親族間で揉め事があったり、みんな後悔ばかり残るけれど、
おじいちゃんが安心して天国へ行けるように、
みんなが元気に、そして、仲良くいることを、おじいちゃんは一番望んでいると思うし、
それが、おじいちゃんのために、最後にみんなが出来ることだと思います。

これからは、天国から見守っていてくれるよね?
大好きなおじいちゃん、私が生まれてから31年間、本当にありがとう。

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